暦の上では大寒を過ぎ立春を迎えるとはいえ、まだまだ寒さが厳しい如月の候。寒さに震える心体を熱い燗酒で温める。この時期の燗酒の味わいは寒さが厳しいほど格別に感じる。とはいえ、それも昔の話のようだ。居酒屋などで徳利とお猪口を傾ける姿をとんと見かけなくなった。若い女性を中心に日本酒への関心が高まっているとはいえ、燗酒を楽しむ姿を見るのはまだまだまれで、「燗する酒は安酒」「悪酔いしそう」などなど、過去に発信された悪いイメージも根強い。しかしそれは日本酒の魅力を正しく伝えていない。
「燗酒は身体に無理をさせずに適性な量で飲める、身体に優しい飲み方です」
そう話すのは、日本酒に関する様々なセミナーを開催している、東京・銀座の白鶴ビルディング7階 「HAKUTSURU GINZA STYLE(白鶴銀座スタイル)」で講師を務めていた白鶴酒造の田中友佳さん。
「私はあまりお酒が強い方ではないですが、お酒を味わいながら飲むには温かい燗酒は魅力的だと思います」
世間でよく言われるイメージとは全く違う感想を話す田中さんに、燗酒の歴史や適した酒質。味わいなど、燗酒の魅力を聞いた。
※「醸-かもす-」2016年2月号掲載
味わいながらゆっくりと 季節を問わず楽しめる燗酒
身体温め味わいもマイルドに江戸時代後半に定着した燗酒
田中さんーお酒を温めて飲むようになったのがいつからかというのは今のところはっきりとはわかっていないようですが、書物などの記録をたどると、平安時代にはお酒を温めていたと思われる記載があるようです。おそらくお鍋に直接お酒を入れて温めていたのではないかと言われています。
ただ、お酒が一般的に普及しているという時代でもなく、今のように普通にお酒を飲むようになり、徳利に入れて温めて飲むようになったのは江戸時代後半からだといわれています。
お酒を燗して飲むようになった理由は、今のような暖房器具がない時代ですので、暖かいものを飲むことで暖を取る、身体を温めるということが一番の目的だったようです。それと、補足的な理由かもしれませんが、当時は精米技術がまだまだ未熟で、そのことが雑味など酒質の悪さにつながっていたようで、温めることで味わいを柔らかくマイルドにしていたのではないかとも言われています。
江戸時代後半に日本酒=燗酒というイメージが定着して、それ以降は燗酒が日本酒の主な飲み方だったようですが、昭和50年代ぐらいになると、冷酒の人気が高まってきます。
燗酒は冬の飲み物というイメージが強いので、夏でも日本酒を楽しんでいただこうという提案をメーカーがするようになったこともありますが、もう一つ、香りを大事にする日本酒が好まれるようになってきたということがあります。
大吟醸酒や吟醸酒など香りを大事にするお酒は、常温か少し冷たくして、温めても人肌ぐらいの温度までで飲むのが魅力としては一番出てくると思いますし、熱々にしてしまうと魅力が半減してしまいます。純米酒や本醸造酒など味がどっしりしっかりしたものは温めても味が崩れませんし香りも立ってくるのですが、今は吟醸酒や大吟醸酒の人気が高いので、やはり好まれる酒質が変わってきたというのが一番大きな理由だと思います。
冷たいものより暖かいもの 燗酒は身体に優しい飲み方
田中さんーお酒を燗する一番の利点は、冷たいものを身体に入れるより暖かいものを入れる方が健康に良いということです。暖かいものを身体に入れることで温まって血行も良くなりますし、リラックス効果もあるといわれています。
良い意味で酔いが回りやすいということも言えます。
アルコールは体温に近い温度で身体に吸収されるのですが、冷酒だと大体5~10度ぐらいで身体に入ってから温度が上がって吸収されていくんです。その時間差のせいで初めは酔っている気があまりしないんですが、いざ立ち上がるとすごく酔っていて、「冷酒は足に来る」と言うことになるんです。飲んでいる量は一緒でも酔いを感じるまでに時間がかかるんですね。
燗酒は体温に近い温度で身体に入るので、飲んだ分だけ酔いを感じられる。身体に無理をさせずに、自分にとって適正な量で飲める、適正な量がわかりやすい。そういう意味でも身体に優しい飲み方だといえると思います。
味わいについては、まず香りが立ってくる。そして酒質にもよりますが、しっかりした味わいの芯を持っているお酒でしたら、味が崩れたりせずにバランスよく柔らかい味わいになります。
味覚は人間の感覚ですので、参考程度にお聞きいただければいいと思うのですが、常温、20~25℃ぐらいで香りが柔らかく味わいもソフトな印象のあるお酒をぬる燗にすると、香りが大きくなって味わいのふくらみが出てきます。熱燗にすると香りが強くなってキリッとしまった辛口の味わいになってきます。
温度を変えることで一番わかりやすい変化がアルコール感や香りですが、日本酒にはそのほかの成分、甘みや旨み、酸味、苦みといった味に関わる成分もたくさん含まれています。その中で温度を変えることでの違いが良く出るのが、クエン酸やリンゴ酸、コハク酸といった「酸」です。
コハク酸は貝類に多く含まれている成分で、温めると旨みやコクが増しお酒の味わいが厚くなります。アサリなどの貝類を酒蒸しにするとすごくおいしくなるのは、貝のコハク酸とお酒のコハク酸が合わさって、旨みになって出てくるからです。
反対にクエン酸やリンゴ酸は、その渋みやスッキリした酸の味わいが燗した時のキリッとした後味にうまく作用している部分もあると思いますが、温度が高くなりすぎると渋みや収斂(しゅうれん)味が出てきてしまいますので、温めすぎはよくないと思います。
酒質でいえば、本醸造酒や普通酒が適していると思います。温めると旨みが出てきて、特に上燗を超えたあたりで一番旨みを感じていただけるのではないでしょうか。大吟醸や吟醸酒は特徴であるフルーティーな香りが温めすぎるととんでしまいますので、燗する場合はあまり温めすぎない方がいいと思います。
徳利で湯せんしお猪口で飲む 昔から残る理にかなった酒器
田中さんーお酒を燗するのは湯せんでも電子レンジでもできますが、湯せんで温めていただく方がいいと思います。湯せんで温めていただくと徳利の中でお酒が対流するのですが、電子レンジですとあまり対流せずに加熱ムラができてしまうんです。ですから電子レンジで燗する場合は、飲む前にちゃんと攪拌して温度を均一にしないといけません。湯せんなら徳利の中で対流するので、温まるまで少し時間はかかりますが加熱ムラの問題はありません。お鍋に直接お酒を入れて温めるのはよくないと思います。アルコールが飛んでしまうと味わいのバランスも崩れますし、いろんな香り成分がアルコールと一緒に揮発してしまいます。
その点、徳利は上部がすぼまっていますのでアルコール成分を逃しにいので、少し面倒かもしれませんが、徳利にお酒を入れて湯せんで温めていただくのが、一番おいしい燗のつけ方だと思います。
チロリはしばらく置いておくという感じではなくて、一番いい温度帯ですぐに飲んでもらうという飲み方に適している酒器です。
あと、錫(すず)製の酒器で温めていただくのも日本酒をおいしくする方法です。錫は雑菌を増やしにくいなどのイオン効果があるといわれています。お酒に関してはイオン効果が具体的にどの程度あるかということはわからないんですが、錫を通して加熱することで雑味が消えて、より優しくマイルドな味わいになるといわれています。
燗したお酒を飲むには、やはりお猪口が適していると思います。お猪口は陶器なので厚みがありますが、厚みがあるとお酒を口に運んだ時に舌の上にゆっくりと広がって、味わいが舌全体に広がります。例えばワイングラスなどはガラス製で厚みがうすく、口に運ぶとすっと口の中に広がって香りも広がるので冷たい飲み物に適していて、大吟醸酒などを楽しむにはいいと思いますが、燗酒にはちょっと厚みがあって、口の中にお酒がゆっくりと広がるお猪口がいいと思います。
徳利やお猪口が今も残っているというのは経験的に学んできた結果。やはり理にかなった飲み方だと思います。
温度で変化する味わいが魅力 一つのお酒で飲み比べ楽しむ
田中さんー温度を変えることで違う味わいを楽しめるというのは燗酒にしかない魅力です。一つのお酒に含まれるいろいろな魅力は、温度を変えることでしか出てこないと思います。いろいろなお酒を飲み比べるのももちろん楽しいですが、一つのお酒をいろんな温度で飲んでいただければ、また違う日本酒の魅力を楽しんでいただけると思います。
身体が温まるのはもちろん、食材の旨みが出てくるお鍋と温めて旨みが出ている燗酒はよく合いますし、おでんにもよく合うので、冬の飲み物というイメージが強い燗酒ですが、本当は季節を問わず楽しめる飲み方だと思います。もちろん夏場は冷たいものがほしくなりますが、最近の冷房はよくききますし、特に冷え性でお困りの女性の方などは、食事やお酒が落ち着いてきたころ合いで暖かいお酒を飲んでいただければよいのではないでしょうか。
体調や状況にあわせて、飲むお酒の選択肢に燗酒も入れてもらって、量ではなくお酒の味わいを楽しむように飲んでいただきたいですね。
私個人でいうとあまりお酒が強くないので、少し温めたお酒の方がゆっくりと味わいながらお酒を楽しめます。夏場でもはじめは冷たいお酒をいただきますが、最後の方は少し暖かいものを飲みたいなと、燗酒をいただいていることが多いです。
お酒は嗜好品ですので好き嫌いがあってもちろんだと思いますが、燗酒はこんなにおいしい飲み方があるんだと思っていただける飲み方の一つだと思います。香りだけじゃない日本酒の味というのは温めないとなかなか出てこないと思うので、味わいながら飲むには温めて飲む燗酒はとても魅力的だと思います。
白鶴 特撰 飛翔
容量1,800㎖ 価格2,198円
奥行きのある風味と円熟した豊かな味わいを持つ正統派の灘酒。すっきりとしながらも幅の広さを感じる味わいが舌の上に柔らかに広がる。昨年同社が開催した「酒蔵開放」の一般消費者投票企画「HOTでおいしい白鶴商品総選挙」の日本酒部門で一位に輝いた。
ぬる燗にするとお米本来の甘さや旨みが濃厚に、上燗にすると少し柔らかさを感じる後味がキレを増す。
1,800㎖びん詰のほか、300㎖びん詰の「白鶴 特撰 飛翔ハンディー」(化粧箱入、423円)もあり。
アルコール度数15.0度以上16.0度未満
日本酒度+0.0 酸度1.5 アミノ酸度1.4
白鶴 特撰 飛翔DRY
容量1,800㎖ 価格2,198円
豊かな味わいと飲み応えが楽しめる本格派の辛口。「白鶴 特撰 飛翔」の味わいをもとに、より辛口のすっきりした味わいを求めるニーズに応えた。飛翔に比べて全体的にシャープな味の印象で、よりはっきりとした後味のキレも特徴。
料理との相性を選ばない味わいで、温めるとしっかりとした味わいが増し、舌の上をさらっと流れるような軽やかさも増す。
アルコール度数15.0度以上16.0度未満
日本酒度+4.0 酸度1.5 アミノ酸度1.4
白鶴 山田錦 杜氏鑑
容量1,800㎖ 価格2,198円
(業務用商品。白鶴酒造資料館、いい白鶴ネットショップでも販売)
酒造好適米・山田錦を100%使用し、卓越した技術で醸した白鶴酒造の自信作。清酒本来の旨さが味わえる酒質を追求。杜氏の中でも特に卓越した技術を持ち、酒造りの模範となる人物を指す「杜氏鑑(とうじかん)」の名を冠した。
きめ細かく芳醇でまろやかな味わいで、上燗にすると味わい全体の丸みが増し、よりまろやかに、最後に感じる酸も適度にたち、常温よりもキレよくスッキリ楽しめる。熱燗にすると、味全体が締まりキリッとした辛口に。
アルコール度数15.0度以上16.0度未満
日本酒度+2.0 酸度1.4 アミノ酸度1.0
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