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黒ラベル奮闘記 第三回 ~大屋均③~

黒ラベル通じた私の財産

サッポロビール執行役員 大屋均近畿圏本部長

 丸10年の月日をすごした京都では失敗も山ほどやった。昔、飲食店に生ビールを直接売っていた時、忙しくなる前にと気を使って午前中に飲食店に集金に行くと、「なんやお前は!あほか!」と激怒された。道の角にある酒屋さんでは、入った出入り口と違う出入り口から出ようとすると「入ったところから出て行け!」と怒鳴られる。午前中にお金を出さない。店内を横切らない。そんな商売のゲン担ぎを教えてもらったのも京都だった。

 京都を離れて20年以上たって改めて思うのは、ずっと黒ラベルを使い続けてくれている方が多い事だ。関西に戻ってきて京都の夜の街を歩いていた時、私が京都にいた時に開店し、黒ラベルを置いてもらったおでん屋さんの前を通った。入ってみると、そこの親父さんがじっと私の顔を見て一言。「開店した時の担当さんやろ?」。親父さんは誇らしげに「俺ん所は開店してから黒ラベルオンリーや」。ずっと黒ラベルを使い続けてくれて、私のことまで憶えてくれている。

 25歳からの10年間、毎日が必死で、嬉しかったこともあれば、失敗が続き会社を辞めてやろうかと思った事もあった。しかし、数は少ないが「サッポロの大屋がいたから」と、いまだに言って下さる方がいる。そういう声を聴くと本当にありがたい。私の大事な財産だ。

 その京都を離れる時が来た。一度は一番大きい市場である東京の営業でと希望していたが、転勤先は横浜だった。転勤する1年前(昭和62年)にはスーパードライが発売されていた。希望に胸ふくらませた新天地・横浜では大変な試練が待っていた。 (次号に続く)

※全国醸界新聞2012年4月27日号掲載。

※本記事の内容は日付等の記載がない限り全国醸界新聞掲載時点でのものであり、将来にわたってその真意性を保証するものでないこと、掲載後の時間経過等にともない内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。

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